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藤森商会 (帯広市) : ミニ英和和英辞書
藤森商会 (帯広市)[ふじもり]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ふじ]
 【名詞】 1. wisteria 
: [もり]
 【名詞】 1. forest 
: [しょう]
  1. (n,n-suf) quotient 
商会 : [しょうかい]
 【名詞】 1. firm 2. company 
: [かい]
  1. (n,n-suf,vs) meeting 2. assembly 3. party 4. association 5. club 
: [おび, たい]
  1. (n-suf) band (e.g., conduction, valence) 
: [し]
  1. (n-suf) city 

藤森商会 (帯広市) : ウィキペディア日本語版
藤森商会 (帯広市)[ふじもり]

藤森商会(ふじもりしょうかい)は、北海道帯広市に本社を置き、帯広市を中心に「カレーショップ インデアン」などを展開している、外食産業の企業。
== 沿革 ==
長野県出身の藤森熊作(1864年 - 1935年)が、1898年に当時の下帯広村へ到着し、1899年から養蚕、製材などの事業を興した〔 - 聞蔵IIビジュアルにて閲覧〕。しかし、洪水被害で木材関係の事業を断念し、饅頭の製造販売に転じたのが、飲食業のきっかけとなった〔。1905年に鉄道(後の根室本線)が釧路から帯広まで達すると、藤森は駅構内での「待合所」と「駅売り」の営業を申請し、1906年藤森待合所の営業を始めた〔。1924年に事業は2代目の藤森茂登恵に引き継がれ〔、その後1930年に待合所を藤森食堂と改め、急成長を遂げたが、1945年には北海道空襲などのためにいったん廃業となった〔。
第二次世界大戦後は、1946年に、帯広駅前で藤森食堂を再開した〔。1956年には有限会社藤森商会として法人化され、1961年には3代目の藤森照雄(1930年 - 2010年)が社長となった〔。照雄は新たな事業としてカレー専門店の開業を着想し、2年ほどの準備を経て、1968年に「インデアン」の最初の店舗を開店した〔〔。
1974年には、ファミリーレストランこんにちは」を開店し、一時期は3店舗を運営したが、1996年ころまでにいずれも閉店し、この事業からは撤退した〔。この間、1978年にはふじもり本店ビルが建てられ、1997年には有限会社から株式会社へ移行した〔。
2006年には、創業者の曽孫にあたる、4代目の藤森裕康(1961年 - )が社長となった〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「藤森商会 (帯広市)」の詳細全文を読む




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